連載小説? 『雛罌粟( ひなげし ) 2.重い鞄』

今週のお題:カバンの中身

せっかくお題をいただいたのでお題にかなうように書いてみましょう。

〜〜〜連載小説? 『雛罌粟( ひなげし ) 2.重い鞄』〜〜

トゥルルルル・・・。
「Hello, Who’s speaking, Please.」
「Hello,・・・ This is Michiko, from Japan. May I speak to Maki?」
「Ahaaa, ya. I know you. You are best friend of Maki. Please hold on.」

電話の向こう側でガサガサと人が動く音とジョン・コルトレーンがかすかに流れているのが聴こえた。しばらくすると、聞きなれた甘い声が電話口いっぱいにひろがった。

「みちこ。久しぶり。元気?」
「真紀さん、久しぶり。びっくりしたわよ、もう。久しぶりのメールで、突然婚約だなんて。」

親しい間柄でしばしば見受けられることだが、最初、年長の美智子は真紀を「さん」づけで呼んだ。だが、しばらく話をしているうちに、20歳前後で出会った時へと、二人はあっと言う間に時間を巻き戻していった。

「写真を見せてもらったけれど、真紀ちゃんには、お似合いの彼だと思うな。根っこの所で共通している所が多そうだし」
「あはは、ありがと。しょっちゅう喧嘩ばかりしているよ。言葉が不自由ってことではないんだけど、こう、なんて言うかな…」
「マリッジ・ブルーじゃないの。日本人同士のカップルでもよくあるみたい。結婚を境に、根本的に生活や慣習が変化するでしょ。そういう時に感情の揺れ幅が激しくなるんだって。名前とかID.カード、パスポートの署名から住環境まで変化するからね」
「日本を離れる時は、もういっぱい、いっぱいで・・・。今は逆に色々なことを考える余裕があるからかな。でもさ、美智子こそ、全然連絡よこさないじゃない。今、どうしてるの」
「・・・そうだね。ごめんね。今は図書館で働いていて、そうね、あまり昔と変化ないかな。本が沢山あるところで、毎日、目の前にあることを、ひたすら片付けている」
「ほんっと、昔から変わらないね。夕方、私たちがラウンジでトランプしてると、『教職科目って単位多いよ〜』とか言いながら、通り過ぎて図書館行っちゃったもんね。夜の9時頃からみんなでバスケやったりしてさ。」
「あはは、そういえば、その時も、真紀ちゃんモテモテだったじゃない。」
「もう変なこと言わないでよ。でも、楽しかったよね。みんなでお団子食べたりしてさ。美智子、結婚式来てほしいな。ビリーと会って話してほしいな」
「・・・話して欲しいよって言ったって、私そんなに英語話せるわけじゃないし。真紀ちゃん、軽いホームシックかも。でも、みんなはもう結婚して子どもが、いたりするから・・・。そうだね。夏休みの調整がすんだら、また連絡するよ。行けるように善処します。あんまり長くなると、いけないから、今日はこれで切るね。」
「うん。楽しみにしているから・・・」

電話を切った後、美智子は自分の鞄を引き寄せ、中にあるファイルを取り出した。黒いフェイクレザーの鞄には、定位置に携帯電話、財布とパスケースが収まり、終了した仕事、図書館員のスケジュール、現在依頼検討中の伝票が数枚、1ヵ月後の書架整理の予定表がA4版のファイル2冊に分類されて入っていた。みんなのスケジュールを確認していて、美智子はふと考えた。

「でも・・・」

この鞄が昨年よりも一昨年よりも重く感じられるのは、書類が増えたからではなくて、美智子自身が何か「重さ」を感じているからかもしれない。ちょっと面倒だけれど、真紀に会いに行こう。真紀は何か大切なことを彼女に語りかけているようにも思えた。それに、個人的な旅行なんて、とても久しぶりだ。きっと楽しいに違いない。そう思うと、少しだけ、その鞄が軽くなったような気がした。

(つづく)
――この物語はフィクションであり実在の人物・場所とはまったく関係がありません――