雛罌粟(ひなげし)――7.キム博士――


 DCは記録的な猛吹雪だと携帯のgoogle News で読みました。雪の夜は、寒くって格別に淋しく、気持ちも落ち込みやすくなります。ということで、今日ふと、やはり連載小説は細々と続けようと思いました。

これまでの粗筋:小さな地方都市で働いている美智子は、大学時代の友人である真紀からアメリカ人の恋人(ビリー)との結婚を知らされる。旧友を懐かしみ、美智子は自分の休暇も兼ね、カルフォルニアへ真紀の結婚式に出席することにした。


雛罌粟(ひなげし)――7.キム博士――

 ビリーと真紀の結婚式は、眩しいほどの太陽に恵まれた穏やかな一日になった。ビリーの家の庭で行われる結婚式は、家族と家族にゆかりのある人々が前日まで様々な予定を調整しながら共に創り上げたものだった。真紀に会いたいという思いで、独り身で結婚式に来てしまい、反省気味だった美智子も「やはり、こういう人生の節目に立ち会うことができるのは、幸せだ」と考え直していた。バイオリニスト達のG線上のアリアの奏でに包まれながら、美智子はそっと式のために用意された椅子へと着席した。神父様が二人に偽りのない愛の宣言を促す言葉を聴きながら、美智子は、ふと、自分が幼少期に通っていた教会のことを思い出していた。


 美智子の両親は、子どもの交友関係を思い、美智子が日曜日に教会へ足を運ぶことを、むしろ喜んでいたが、両親自身がミサへ訪れることはなかった。美智子はどちらかと言うと、ミサの後のお茶会よりも、教会のオルガンや神父様がお話してくれる様々な話が好きだった。母親が話してくれる話とはまた違った、あたかも異国がそこに存在しているかのような、そういう時間が過ぎていくことが好きだったのだ。年齢が上がるにつれ、家族の中で何か自分が全く違う意思のようなものを持ちつつあるという違和感を感じはじめ、その頃に、たまたま家の引越しが重なったため、幼い美智子の「日曜日に教会へ行く」という習慣は、ありきたりな日常生活に沿うように、次第に「空いている時間に図書館へ行く」という習慣へと変化していったのだった。

 そんな美智子だったので、粛々とした結婚式が無事に終わり、庭の後方に準備された結婚パーティへと場所を移す時間になると、また「やはり一人で来たのはマズカッタかな…」等と不安になった。けれど、ウェディング・ドレスとタキシードを纏った初々しい二人を見ていると、そういう不安も落ち着いて温かい気持ちになるのだ。この幸せなひと時を写真に収めなくては、そう思うと美智子は写真のアングルを探して、するするとバックを始めた。

ドン!

ものすごい勢いで美智子は何かにぶつかった。声を出す暇も無く、その場に尻餅をついた。見上げると、ふざけて走ってきた男性とぶつかったのだった。あちらも、こちらに気付いていなかったらしく、よろけて身を伏せたが、衝突の勢いからして美智子は「吹っ飛ばされた」という状態に近かった。ポカンと彼を見上げながらも、腰にジンワリと痛みが走った。

「イテテテ・・・」
「大丈夫。ごめん、ごめん。立てる?」

“ぶつかっておいて、アーユー、オーライじゃないわよ”と内心、美智子は腹立たしく思いながら、恥ずかしさも手伝って、「ヘヘヘ」と力のない笑いで返した。靴が脱げていたが、とにかく、その場に立とうと思い美智子は両手を地面につけた。が、その瞬間、再度、腰に激痛が走った。

「イチチチ!」

今度は明瞭な痛みを感受し、美智子の口からは、ほとんど唸り声に近い叫びが生じた。驚いたのは、ぶつかった彼である。美智子の顔色からして、かなりの痛みらしいということが理解できたようだった。近くにいた彼の友人に何やら早口でまくし立てた後、彼はヒョイっと美智子を抱き上げ、ビリーの家の中へと彼女を運び込んだ。美智子の方は痛いやら、恥ずかしいやらで、すっかり頭が混乱していたが、とにかく腰の痛みに勝るものはなく、おとなしく、なすがままにするより他なかった。
 室内のベッドに横になると、彼が水を注いでくれたので、少しずつそれを飲んだ。水を飲み干すと、落ち着きが美智子の心に戻ってきた。あらためて、彼女は水を注いでくれた彼を見つめた。黒い髪、黒い瞳。分かりやすい言葉を話す。美智子よりも少し年配のアジア系のアメリカ人らしかった。

「ありがとうございました。まだ痛いですが、とにかくちょっと休みます」
「あ、無理しないで。腰を押さえていたから、動かない方がいい。医者に診てもらいましょう」
「いや…、そんな、大丈夫です」
「心配しなくてもいいんですよ。実はパーティーに街のお医者さんが来ています。さっき声を掛けましたから。あ、私はキムと言います。ビリーの大学時代の知り合いです」