連載小説? 雛罌粟(ひなげし)――4.夕暮れ時

身近な方からリクエストがあったので、続きを書きました。書き始めた時点ですでに最後までお話しはできているのですが、なかなか進まないものです。<?>をつけておいてよかった。


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雛罌粟 4.夕暮れ時

サンフランシスコ空港の荷物受取所から、青みがかったスーツケースを受け取ると、美智子は空港内のターミナルの位置関係を把握するため、空港内の地図を確認した。真紀は迎えに来ると言っていたが、最悪の場合を考え、使用できる電話がある場所を確認しておきたかった。不慣れな場所に連れてこられた猫のように、空港内でグルグルと旋回を続けていると、普段使用したことのないピリピリとした感覚が美智子の体内を駆け巡ってきた。水でも買ってどこかで待っていようかと考えていたとき、背後から美智子を呼ぶ大きな声が聞こえた。真紀の声だった。

「みちこ!」

細身の身体に黒いワンピースを纏った真紀が、まるで少女のような軽やかな足取りで、あっという間に美智子の傍へと駆け寄った。知り合いというのは、たとえ年月を経ても、なぜお互いにすぐに分かるものなのだろうと不思議に思いながら、美智子は真紀と堅く握手を交わし、次にお互いの身体を寄せて軽く挨拶のハグを交わした。美智子が知っている真紀よりは、大人になったせいか、幾分憂いが見える表情の真紀がそこにおり、そんな彼女は、しかし相変わらずの早口で美智子に話しかけた。美智子の方は、とっさにうまく言葉が出ず、気の利かない結婚のお祝いなどをモゴモゴと口にした。
 真紀の背後には中肉中背の白人の青年が付き添っていた。美智子は彼に気づくと、再び自分の右手を差し出し、はじめまして、今回はお世話になります、と挨拶を繰り返した。真紀の夫となるビリーは、真紀のご両親や友人であるあなたにお目にかかれてとても嬉しいと軽く挨拶の言葉を述べ、その後で、空港は混雑しているので、車に乗ってからゆっくりと話をしましょうと二人を促した。
 ビリーの運転する車に乗り、空港からハイウェイでしばらく走っていると、ピリピリとしていた美智子の緊張は幾分ほぐれてきた。そのせいもあり、真紀と美智子は、お互いに会うことのなかった数年間の隙間を繕うがごとく、次から次へと途切れることなく他愛ないお喋りを続けた。相変わらずの調子で仕事を続けている共通の友人は、すれ違ってしまった恋の終わりを告げるため、昨年、既に真紀の住む街を訪れていた。また結婚し別の国に住んでいる仲間の一人は、メールでの喧嘩が原因で、ここ数年間音信不通になっている。そういったことを真紀はポツリポツリと話した。真紀は美智子よりも、はるかに寂しがり屋な所があった。いつも友人の間を取り持つように明るく配慮していたが、同時に、感受性が激しいため、人間関係の中で浮いたり沈んだりしていた。米国への定住を決めたのも、どこかでそういったことと関係があったのかもしれない。

「そういえば……」と彼女は思った。

美智子自身は、知らぬ間に一つのことに没頭してしまう傾向があり、仕事でメールを使用する以外、自分からは、私的な要件で誰かに積極的に連絡を入れる方ではなかった。年齢がそうさせるのかもしれなかったが、地方都市に住んでいる割に、美智子はインターネットで出来ることと現実の生活を明瞭に区別していた。もちろん、美智子はインターネットを介した仕事で数々の失敗を経験している。そんな時は、確かにメールでの言葉が深く胸の奥に突き刺さったものだった。テクノロジーが進化したとしても、それを作り出している人間自体は脆く弱いものだ。そんなことを考えながら真紀の話しを聞いていると、今、美智子を取り巻いている現実の世界と、過去、美智子が生きてきた世界が緩やかに美智子の中で融合していった。彼女の心を映し出すかのように、車の窓から見える夕暮れ時の空は、ことさら美しく不思議な色彩を放っていた。

――この小説はフィクションであり、実在の人物・場所とは全く関係がありません――